当保存会では和紙面と木彫り面を両方使用しております。
私が学生のころは全て和紙の面だったんですが、少しずつ木彫り面が
増えてきました。
基本的に私はどちらの面も好きなのですが、鬼を舞う方が言うには「木彫りは絶対軽くないとだめ!」まあそりゃそうだ・・・
以前使っていた鐘馗の面が木彫り面で無意味に大きかったそして無意味に厚かった・・・結局5年ぐらいで練習場に飾られることに

少し話はそれて少し気になるのだが、益田の神楽ではほとんどが喜びの舞の時に面をはずします、はずした面をおもむろに「ぽいっ」と床に投げる

面を裏にして置く

ほっとけない

道具を大切に・・・

へぇー、和紙→木彫という流れですか。
それはどういう理由に基づいているんでしょう。
耐久性とか表情の深みとかですか?
面を投げる!? とても見ちゃおれんですね。
木彫り面が増えたのはあまり深い理由はないのですが、木彫り面愛好家の方々が寄贈してくれるんです、私の親父とかですけど・・・
知り合いにそういう方がいて、次男に「顔の凹凸にあった面を頼んで作ってもらってやろうか?」って言ったら、次男も「重くていやだ!」っていってましたが・・・
浜田の舞は最初から面をつけないケースが多いけど、以前聞いた話だと、単に舞が激しくて息苦しいからそうなったみたいで、特に昔からこの舞は面をつけるとかつけないとかの基準はなかったようですね。
浜田の某社中の時平も最初から面をつけないで舞っていたから、「あれじゃぁ天神にならないだろう!時平が隣のお兄ちゃんの顔をしてたら異界に入られない!」って言ったら、その後はつけているから、どうもそうみたい^^
概ね、益田の社中の舞い上げまでの道筋が正しく美しいと思うけど、確かに面を投げる社中もあるね・・・鼻の胡粉がとれてるのを補修しているのを見ることがある^^;
某社中の太刀舞いはガチガチと刀が激しく
当たる音が聞こえてすごい迫力でしたね。
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